るろうに剣心 1~4るろうに剣心小説(短編)目次 剣心組四人が、明治八年に出会っていたら……という物語です。 『もしもあの時出会っていたら~明治八年~』(るろうに剣心 1) 明治八年の冬、流浪の旅を続ける剣心は、東京にいた。ぼんやりと、橋を歩く。 「ちょっと、そこのあなた」 ふいに袖をつかまれた。少女だった。年の頃はまだ十三、四だろうか。息を切らしながら、必死の表情で剣心を見上げている。 「小娘殿、拙者に何か……」 「あなた剣客よね。あなた強い!? まあこの際いいわ。うちの道場が大変なの。早く来て! 来ないと帯刀の罪で警察呼ぶわよ!!」 藍色のりぼん娘は、一気にまくしたてた。 「へぇ、道場破りかい? それならこの喧嘩屋斬左が引き受けるぜ」 通りがかりの少年が、自信満々の笑みで言った。少女より、少し年上であろうか。 「ちょうどいいわ。二人とも来て!」 少女は、二人の腕を無理矢理つかんでひっぱった。そのとき、強い北風が吹き、少女のりぼんは吹き飛んだ。あっと少女は橋の下をのぞくと、りぼんはちょうど、橋の下をかけていた幼い少年の頭に落ちた。少女は子供に叫んだ。 「私は神谷道場の娘、神谷薫よ。今急いでるから、後で届けてちょうだい。大事なりぼんなんだから、お願いね!」 きょとんとした子供をよそに、薫は剣客と喧嘩屋を連れて、道場へ走った。 道場破りは、あっという間に剣客と喧嘩屋により片付いた。 「強い……」 急いで後を追ってきた先程の子供は、二人の男の強さにすっかり魅了されていた。 一段落付いて、皆は茶の間に通された。 「ありがとう、二人とも。実は父が泊まり込みの出稽古へ行っていて、今日は道場生も帰った後だったから……。あっ、あなたもりぼんありがとう。あの、私は神谷薫。みんなは?」 薫はお茶を飲みながら、皆に笑顔を向けた。 「拙者は緋村剣心。流浪人でござる」 「流浪人……」 薫は、にっこり笑う剣心を不思議そうに見つめた。 「オレは相楽左之助。通称、喧嘩屋斬左」 「喧嘩屋……」 薫はやはり不思議そうに、にやりと笑う左之助を見つめた。 「オレは、東京府士族 明神弥彦」 「士族……」 薫は真っ直ぐな表情の弥彦を、やはり不思議そうに見つめた。 「あっ、父が帰るまでの三日間、二人は泊まっていってね。だって、またあいつらが来たら困るでしょう。断ったりなんかしたら、帯刀の罪と悪徳商法の罪で警察呼ぶわよ」 薫はにっこりしながら言った。 「喧嘩屋は悪徳商法の罪かよ……」 「小娘殿は可愛い顔して言うことが怖いでござるなぁ」 二人ともやれやれといった感じで、引き受けたようだった。 「あなたは帰っていいわよ。もう暗くなるから、剣心に送ってもらいなさい」 薫は弥彦に、みやげの菓子を持たせた。 「ったく、いきなり呼び捨てたぁ、礼儀のなってない嬢ちゃんだねェ」 「オレは……」 左之助と弥彦が同時に言葉を発したので、小さな弥彦の声は届かなかった。けれど冷静な剣心だけは、その声を聞き漏らさなかった。 「童、どうしたでござる?」 「……いや、なんでもない……」 そうして弥彦は剣心と二人、道場を出た。 先程の橋の下まで行くと、弥彦はここでいいと言い、剣心と別れた。 剣心が去ると、弥彦は橋の下に腰を下ろした。 「母上……」 「帰るところがないのでござるか?」 突然の声に、弥彦はびくっとして振り向いた。暗がりの中、立っていたのは剣心だった。 「かっ、帰ったんじゃなかったの?」 剣心は、黙って弥彦の横に座った。 「童、年はいくつでござる」 「七つ」 「そうか。……両親は?」 弥彦は、何かを睨みつけるようにじっと前を見つめ、答えた。 「父上は、オレが生まれる前、彰義隊に加わり義に殉じた。母上は……母上は……」 「童?」 弥彦は、必死で泣くのを我慢していた。 「……死んだ。二日前。オレのために必死で働いて、体をこわして……」 肩をふるわせる弥彦に、剣心は立ち上がり手を差しのべた。 「帰ろう童。道場へ」 「嫌だ! 他人の憐れみは受けない。オレは父上母上のように、誇り高く生きるんだ」 怒鳴る弥彦の手をひいて、剣心は弥彦を立たせた。 「それなら、誇りを守るため、強くなれ」 「強く……」 剣心はにっこり笑い、うなずいた。 「それで勝手に連れて来ちゃったの!? うちの住み込み道場生として?」 興奮する薫を、剣心はまあまあと落ち着かせた。 「薫姉ちゃん、オレ、強くなりたいんだ! 家の手伝いなら何でもする。だから、お願いします!」 幼い弥彦は、真っ直ぐ薫を見つめた。薫は、なんて強い意志を持つ目をしているのだろうと思った。 「分かったわ。今日からあなたは門下生よ。父もきっと賛成してくれるはずだわ」 「ありがとう、薫姉ちゃん!」 弥彦はにっこり笑った。薫も、素直で真っ直ぐなこの少年に愛しさを覚えた。 深夜、薫と弥彦が床についた後、剣心と左之助は縁側に並んで座っていた。道場の護衛の為もあるが、二人は会ったときから、お互いなぜか惹かれるものがあった。 「お主はなぜ、喧嘩屋をしているのでござるか? お主のような立派な少年なら……」 「おめぇ、この悪一文字が見えねェのかよ」 左之助は、自分の生い立ちを話した。赤報隊にいた幼い頃。尊敬する隊長が、悪一文字を背負わせられ殺されたこと。だから自分も、悪一文字を背負っていること……。 「お主は、それで幸せになれるでござるか?」 「……っ!」 左之助は、剣心を見た。何でも見透かすような剣心の目に、左之助は焦りを覚えた。 「おっ、おめェこそ、いつもすまして笑ってるけど……なんてっか、その……」 「拙者のことはいいでござるよ。拙者は一生、それを背負って生きて行かねばならぬ。だが、お主は違う。お主は、まだ間に合う……」 剣心は、左之助に厳しい目を向けた。 「お主は、喧嘩に身を興じ、辛い過去を忘れようとしているだけでござる」 左之助は、剣心をにらんだが、数秒後ふっと笑った。 「おめェ、維新志士だろう。オレにとっては、大嫌いなやつらだ。けど……」 左之助は立ち上がり、剣心にニヤっと笑った。 「おめェは、違うかもしれねェ。確かめるまで、流浪の旅なんか出るんじゃねェぞ。もしおめェがオレの思った通りのやつだったら、喧嘩屋はやめてやるからよ」 剣心は何も言わず、静かに笑って月を見上げた。 あっという間に、三日間が過ぎた。夕方になり、そろそろ薫の父が戻る時間だった。 「小娘殿、そろそろお別れでござるな。三日間、世話になったでござるよ」 左之助と弥彦が庭でじゃれ合うのを見ながら、剣心と薫は二人、縁側に座っていた。 「こちらこそ、ありがとう……」 薫は、うつむいて静かに言った。 「どうしたでござる? なんだか元気がないでござるな。風邪でもひいたでござるか?」 剣心は、薫の額に手を当てた。薫は、胸がとくんと鳴った。 「あなたは……」 薫は急に、剣心を見上げた。少女の幼い瞳は、とてもきれいだった。 「あなたは、どうしてそんなに辛そうなの?」 「辛そう……でござるか?」 剣心はおどろいて、薫を見つめた。 「あなたはいつも笑っているけれど、私には分かるの。なぜか分からないけれど……。あなたが心の中で泣いているのが……」 薫の目から、涙がこぼれた。 「……小娘殿は、優しい娘でござるな」 剣心は、そっと薫の両肩に手を置いた。そして、しばらく薫を愛しげに見つめた後、決心して言った。 「拙者は、人斬り抜刀斉でござるよ」 薫ははっとして、剣心を見つめた。 「今まで黙っていてすまなかった……。それから、ありがとう」 剣心は立ち上がり、門へ歩き出した。 「……待って!」 薫は、剣心を追いかけて、その背中に抱きついた。 「小娘殿?」 「人斬り抜刀斉だから、何だって言うの!? だからそんなに辛そうな目をしてるの?」 薫は、剣心の背中にしがみついたまま、涙を流した。その様子を、左之助も弥彦も静かに見守っている。 「だから流浪の旅を続けているの? いつまで続けるの? 死ぬまで!?」 「小娘殿……」 「私はそんなの嫌! あなたは、私の道場を救ってくれたじゃない! あなたはもう、抜刀斉なんかじゃないわ。剣心よ……」 剣心は、あたたかく心に染みる一言一言を、黙って聞いていた。 「おめェ、オレとの約束を破って行っちまうってのかよ」 左之助が右手のこぶしを左手で包み、剣心をにらんだ。 「オレ、強くなるから、剣心兄ちゃんにも見ていてもらいたい……」 弥彦は、泣きそうな目で剣心を見上げた。 「行かないで……! 剣心……」 薫は、剣心を抱きしめる腕に力をこめた。剣心は、ふぅと一息ついた。 「分かったでござるよ……」 薫は、やっと安心して、剣心から腕をはなした。 「約束は守るでござるよ。左之」 剣心の笑みに、左之助はにっと笑い返した。 「お主が強くなるのを、ずっと見守るでござるよ。弥彦」 剣心は弥彦の頭にポンと手をやり、弥彦は希望に満ちた目で剣心を見上げた。 「ありがとう……薫殿」 剣心は、涙が止まらない薫を、そっと抱きしめた。薫は、胸がどくん、どくんとした。剣道一筋で生きてきたこの少女は、それが「恋」なのだということを、まだ知らない……。 明治八年の冬。橋で四人は出会い……。 剣心は、心穏やかな日々を手に入れ……。 薫は、大切な人に守られ……。 左之助は、新しい道を教えられ……。 弥彦は、希望を与えられ……。 そんな風に、みんな幸せになれるはずだった。 そう、もしもあの時、四人が出会っていれば……。 けれど、明治八年の冬。橋の上。薫は剣心に気付かずすれ違い、騒ぎの無い橋を左之助は通り過ぎ、りぼんが落ちてこなかった弥彦は橋の下を走り続け……。 剣心は罪を背負い、流浪の旅を続け……。 薫は父の死後、道場の名を汚され傷つき……。 左之助は赤報隊の苦しみを抱えたまま、喧嘩に身を興じ……。 弥彦は極道界に拾われ、誇りを踏みにじまれ……。 それぞれ独り苦しみながら、傷付きながら生きていく。明治十一年、冬。四人が本当に出会うその時まで……。 ☆あとがき☆ 剣心組四人が、明治八年に出会ったら……という、あるはずのない幸せの話を書きました。 剣心たちはそれぞれの出会いにより、救われます。三年前に出会っていれば、三年分の苦しみは存在しなかったかもしれない……。けれど実際はそうなることもなく、それぞれ苦しみの日々を抱え、そうして「るろうに剣心」の物語が始まった……。 「るろうに剣心」として初めての二次創作なので、序章として書いてみました。 ストーリーはおぼろげながら、数年前から頭にありました。実際書いてみると、難しいですね。 三年前という設定なので、剣心25歳、薫14歳、左之助16歳、弥彦7歳(数え年)です。剣心は年齢・経験等を考えて三年後とほとんど変えていません。左之助は、剣心と同じく経験は変わらずですが年齢的に少年と青年の違いがあり、微妙に変えたつもりです。薫はまだ父がおり、年齢も幼かったので、少しわがまま&ストレートな性格にしました。弥彦は子供なので三年の差は大きく、また極道界に入る前の環境だったため、かなり素直な子にしました。 この話は序章として書きましたが、正直本当に書きたいものは本編に入ってからです。けれどラスト、幼い恋心を含め剣心を理解し救おうとする薫は、意外と楽しく書けました。 (余談ですが、NARUTO小説6『サスケの額当て』とテーマが似ています。得ることの出来なかった幸せ……という意味で) 追記 あとがきで記載した「本編」とは、この続きではなく、全く別の話になります。この小説は、短編としてこれで終了です。ややこしい書き方をして、申し訳ありません。ついでに、あとがきが長すぎてすみません^^; -------------------------------------------------------------------- お礼リクエスト小説&サイト開設祝い。人誅編後。剣心と弥彦の稽古話です。 『遠い背中』(るろうに剣心 2) 剣心が縁を倒して、みんないなくなって最後に左之助が去ってから数日後。俺はいつものように、庭で素振りをしていた。薫は出稽古、剣心は家事にいそしんでいる。 剣心本人を目の前にしては口が裂けても言えねぇけど、今の俺にはとてつもなく大きな目標がある。剣心の跡を継いで、この目に映る人々や泣いている人たちを守りたい。そんなあまりにも高い目標を持っている俺は、人の何倍も何倍も稽古して、必要なときには命懸けで闘わないとならねぇ。 とは言っても、俺はまだまだ未熟すぎる。薫が言ったように、平常心とかまだ培えてなくて、くやしいけど俺はやっぱりまだガキだ。そして、剣心の昔の話聞いたとき……動乱の時代に死よりも辛い苦しみを乗り越えてきた剣心に、俺はカケラも追いついちゃいねぇ。 強くなりたい。本当の意味で。遠い遠い剣心の背中に少しでも近づきたい。 「弥彦」 突然呼びかけられ、振り向くと、洗濯物を入れたたらいを抱えた剣心が立っていた。 「最近、いつにもまして気合いが入っているでござるな。お主を呼んだのは、もう三度目でござるよ」 「あー……、悪ぃ」 俺は、びっしょり濡れた額の汗を袖でぬぐった。 「これが終わったら稽古相手をするでござるから、少し休んで待っているでござるよ」 剣心はにっこり笑い、洗濯物を干し始める。 「別に、まだへばってねぇよ。素振りして待ってるって」 「いや、弥彦。今日の稽古は……」 干した服をぱんぱんしてしわをのばしながら、剣心は笑ったまま、けど何か意を決した目で言う。 「かなり、きついでござるから」 きっぱり言う剣心。だけど、俺はよく意味が分からなかった。 「きついって?」 「つまり、本気でお主をしごく……ということでござるよ」 俺は驚いた。女子供にゃ甘い剣心の口から、そんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったからだ。だけど、俺はすげぇうれしかった。剣心に、本気の稽古をつけてもらえるなんて、興奮して胸が高鳴った。剣心がなんで急にそんな気になったか俺にはよく分かんねぇけど、とにかくうれしくて、縁側に座り待っていた。 剣心の洗濯が終わると、俺達は庭で早速稽古を始めることになった。 俺は、いつものように構えて剣心を見つめた。そして、どきっとした。いつもは穏やかに笑って悠長に構えている剣心が、今日は全然違ったからだ。まるで敵を見据えるかのごとく、鋭い目。俺の体の全身に、緊張が走り汗がにじみ出た。 「かかってこい」 低い声で、剣心は言った。俺は、剣心の威圧感だけで息苦しくなっちまったけど、とにかく全力で向かっていった。 次の瞬間、ダアンと俺の体は地面に叩きつけられていた。俺の竹刀を、剣心は真っ向から受けて力で俺を押し倒したんだ。驚いた。こんな事は初めてだった。いつもなら、俺の竹刀を受けたりかわしたりするだけなのに……。 そう思いながら見た剣心は、俺を厳しい目で見下ろしていた。 「どうした。もう終わりか?」 俺はしまったと思って立ち上がった――が、頭を打ち付けた衝撃のせいかクラリとして再び倒れそうになる。剣心はすかさず、俺の肩から胸を打ち付けた。その勢いで、俺はまた地面に背中を打ち付けられ倒れた。肩と胸の激痛で、一瞬息が詰まった。竹刀なのに、剣心の一撃はあまりに強かった。これでも剣心は、全く本気を出してないに違いねぇ。 俺がなかなか立ち上がれないでいると、剣心は相変わらず厳しい目つきで俺に語りかけてきた。 「お主が乙和と闘ったとき、今までとは全く違う心構えだったこと、拙者は気付いていた」 急に乙和との話が出てきたから、驚いた。剣心が何を言いたいのかよく分かんねぇけど、確かにあの時の俺は今までと違った。剣心の昔話を聞いて、俺が本気で剣心の跡を継ぎたいと思うようになっていたからだ。 「お主が乙和を倒して気を失ったとき、拙者は思った。お主がこのまま成長してくれたら、いつか逆刃刀を……」 「逆刃刀を……何だって?」 俺は、剣心の言っていることが、よく分からなかった。 「弥彦。お主が本気で強くなりたいと思っているように、拙者もお主に強くなってもらいたいでござる」 剣心は話している間、少しだけいつもの剣心に戻っていたけど、また厳しい顔つきになった。 「分かったなら、立て」 「応よ……!」 俺は、痛みに耐えて起きあがった。そして猛烈な勢いで突進する。剣心は、初めて俺の剣を受け流した。俺は続けて打ち込む。また剣心は受け流す。何度も何度も打ち込んだが、剣心にはかすりもしない。今日の剣心は、何も言わない。惜しい、とも、もう少し! とも。 そんなことを考えていたら、剣心から激しい小手をくらった。その衝撃で、また倒れる。 「集中力が足りぬ。ただがむしゃらに向かっていくだけでは相手は倒せぬよ」 くそっ……。やっぱり俺はまだまだ未熟だ。その現実を剣心に突きつけられながら、俺はまた起きあがった。けど、小手をくらった俺の手首から先はしびれていて、竹刀を持つのがもうやっとだった。剣心はそれを見逃さなかった。すかさず、もう一度小手を打たれ、俺は竹刀を落とす。続けざまに銅を食らい、俺は倒れた。やべぇ、急所をつかれた。俺は腹を押さえてうずくまる。ちくしょ……痛くて、気が遠くなりそうだ……。 その時、上から降ってきたのは、剣心の怒鳴り声だった。 「これしきでもう立てぬのかっ!」 俺は剣心の言葉に耳を疑った。これしきって何だよ。剣心は日本一の剣客だぞ。激痛で、息をするのもままならねぇ。いくらなんでもこんな無茶苦茶な修業を受けたら、これ以上続けられるわけがねぇ。俺は思わずそう口を開きかけたが―― 「不殺の剣を振るうのに、どれだけの困難と厳しさがいるか、分かっているのか?」 俺ははっとした。 「分かっていないから、隙が生じる。本気で強くなりたいなら、稽古中一瞬たりとも気を抜くな! そして弱気になるな!」 剣心は、更に続ける。 「お主は、確かに普通の子供よりはるかに強い。けれど、どこかでそれに甘んじていないか? 自分ではまだまだ未熟と思っているようだが、心の奥底で、無意識に自分は特別だと思っていないか?」 剣心は、俺を厳しく見据えて続けた。 「それが分からぬようでは、そしてどんな苦境でも立ち上がれなければ、お主は人を守る剣客にはなれぬ!」 剣心は、本気で俺に怒鳴った。剣心にこんな風に怒られたのは、多分初めてだ。けど、分かる。剣心が、俺のために怒ってくれてること。さっき剣心が俺に強くなってもらいたいって言った言葉……あれは本気だってこと。 そして俺は、少しだけ分かった。不殺の剣を振るい、人を守る道。それは、俺が思っていたより、ずっとずっと険しい道のりなのだということを。 俺は今、立たなくちゃならねぇ。絶対に……! 俺は立ち上がりかけた。けど、少し動くだけで激痛が走り、動けねぇ。ちくしょう、こんなことじゃダメだ。甘えるな。俺は特別でもなんでもねぇ、ただの十歳のガキだ。だからこそ、剣心の背中に追いつくためには、少しの甘えも許されねぇんだ。ひたすら、ひたすら前だけを向いていこうと、決めたじゃねぇか! 俺は、両手を地面にぐっと突いた。痛みで体がガクガク震え、冷や汗が出た。もうダメだという心を必死で押し殺して、歯を食いしばり、足に力を入れる。そうだ……竹刀を拾わねぇと。 俺は汗ばむ手で竹刀をつかむ。そして――立ち上がった。倒れそうな体を必死で保ち、痛みを懸命にこらえ、竹刀を剣心に向けて構える。 竹刀の先が震えてる。っきしょう、格好悪ぃ。 だけど、今この状況で、俺は少しだけ実感したんだ。剣心が乗り越えてきた剣客としての厳しい道のり。きっと、本当はもっともっと、俺には想像もできないくらい凄まじいものだったんだろーな。 そんなことを思い、けれど今度は隙を見せないように剣心を真剣に見ていたが――剣心は急にふっと笑い言った。 「稽古は、ここまででござるよ」 俺は一気に気が抜けて、前に倒れ込んだが――剣心が肩を支え受け止めてくれた。俺はハァハァしながら、剣心に支えられたままうつむいていた。正直、落ち込んだ。自分のあまりの未熟さが、くやしくてたまらない。 「弥彦。お主は本当に、まだまだ未熟でござるな」 剣心のその言葉は、俺に衝撃を与えた。俺は剣心のことだから、稽古が終わった俺に、今日はよく頑張ったでござるなって、そう言ってくれると思ってた。普段あまりにも優しくされている俺にとって剣心の厳しい言葉は不意打ちで、慣れなくて、剣心の言葉はすげぇ痛くて……。俺は我慢出来なくて、不覚にも涙をこぼしちまった。震える肩を必死で抑えようとしても、目をぎゅっとつむって涙を止めようとしても、逆に涙が止まらなくなった。ちくしょう……。 「くやしいか? 弥彦」 剣心のその言葉は、聞き覚えがあった。ずっと前……いつだっけ。そうだ。俺、あの時も泣いた。極道連中に独り立ち向かったのに、歯が立たなくて剣心に助けられた、あの時。くやしくて泣いてたら、剣心は同じように聞いてきたんだ。俺は、答えた。強くなりてぇ。父上や母上の誇りを守りきれるくらい……って。あの時から強くなろうって決意したのに、そして剣心の幕末時代の話を聞いて、本当の意味で強くなろうと決心したのに、俺はちっとも強くなってねぇ。 そう思っていた俺に言った剣心の言葉は、意外だった。 「それで、いいでござるよ」 俺は思わず目を開けて、剣心を見つめた。 「そのくやしさや涙は、本当に強くなろうと願う気持ちの証でござるから。拙者はあの時お主の涙を見、くやしさを感じ取った。それは半端ではなく、強く強く伝わってきたでござる。お主を見込んで神谷活心流に入門させたのは、お主のその心得故でござるよ。剣才や素質ではなくて……」 剣心は、俺の頭をポンと優しく叩いて、笑った。 「明日は、もっと厳しい修業をつける故、覚悟するでござるよ」 「……ああ!」 涙をぬぐい、俺は剣心にしっかり答えた。明日は、もっと俺無様かもしんねぇ。もう泣きたくねぇけど、また泣いちまうかもしんねぇ。けど、もう二度と倒れたままでいるようなことはしねぇ。何度倒されても、必ず起きあがってみせる。そしていつか、剣心に追いついてみせる! 絶対に……! そのとき俺は、数年後、剣心から逆刃刀を受け継ぐことになろうとは、知るよしもなかった。剣心が言いかけた言葉、お主がこのまま成長してくれたら、いつか逆刃刀を……、って、そういうことだったんだ。 ☆あとがき☆ お礼リクエスト小説……そしてリクエスト者様がちょうどサイトを開設されたので、開設祝いを兼ねさせて頂きます。人誅編後の剣心と弥彦の稽古話です。リク要素はお任せな感が強かったのですが、剣心と弥彦の稽古を厳しくするなら人誅編後……とのご要望があり、これを踏まえて書きました。 初!のるろ剣小説一人称書きです。新鮮で、楽しかったです(一人で勝手に楽しんでごめんなさい)弥彦を泣かせるのはリクエスト者様の好みに反する気もしたのですが(管理人は大層好みですがv←うるさい!)原作主義のリク様(省略失礼です)、原作弥彦が悔し泣きすることもご存じだと思い、剣心と出会いの場面をからめてそうさせていただきました。これはいつもとは逆の現象で、管理人が「これはリク小説なんだから君はリク様の好み通り立派にして、泣いたりなんかしちゃダメだよ」って弥彦に言ったんですけど、弥彦悔しくて我慢出来なかったんですって。だから許してください(駄目)でも一応原作弥彦や原作話を意識して書いたんで許してください(絶対駄目)あ、あの管理人妄想、弥彦泣く→剣心抱きしめて慰める、は抑えたんで(だから何) リク様のお話、弥彦は厳しい剣心の修業に弱音を吐きそうになるけれど、けれど前向きに、剣心は弥彦の強くなりたいという気持ちをくんで、力になろうとあえて厳しく、というところはとっても意識して書かせて頂きました。 この小説を、管理人の妄想弥彦話に付き合ってくださる雑然様へ、お礼&サイト開設祝いとして捧げます。 追記:雑然様が、この作品をご自分のHPに掲載してくださいました。とても光栄です。本当にありがとうございます。 -------------------------------------------------------------------- リクエスト小説。雪代兄弟が幸せだった頃の物語です。 『真白い雪』(るろうに剣心 3) ――前編―― 抜刀斎との闘い後、身も心もボロボロになった俺は疲れ果て、掃き溜めの群にうずくまり座っていた。隣りに座る老いぼれた男は、気のせいかどこかで見たことがあるような気がする。そのかすかにわき上がった懐かしい気持ちがそうさせたのか、俺は思いだしていた。幼い頃の、一番幸せだったあの時を……。姉さんの日記を、握りしめながら……。 時は幕末。江戸の町中で、ごくごく普通に暮らす一家があった。御家人の父と二人の子供。年老いた父に、長女は年頃の娘、長男は数え年十程でまだ幼かった。母は長男を産んだ後すぐこの世を去り、以来三人で仲むつまじく暮らしてきたのである。長女の名を巴、長男の名を縁といった。 ある日の夕方、買い物帰りの巴は二人の男に取り囲まれた。 「カワイイ女じゃねぇか。おい、ちょっとオレたちに付き合えよ」 一人の男が強引に巴の腕に触れようとしたその時―― 「姉ちゃんに触れるなっ!!」 駆け寄ってきた縁は、すかさず男の手にかみついた。 「いでぇっ!!」 男の手からは血がじわじわと出ている。 「こっ、こいつっ!!」 もう一人の男は縁の額を拳で殴った。縁は血を吹き出して倒れる。 「縁っ!」 「おっとォ。お前は俺たちと遊ぶんだろ。ヘヘヘ……」 縁に駆け寄ろうとする巴の行く手を、男は拒んだ。そのとき、縁はすばやく起きあがり、巴の前に立ちはだかった。 「姉ちゃんに触れんなって言っただろ……。殺すぞ」 「あぁ? ガキの分際で偉そうに言って……」 男は途中で言葉を遮った。気が付いたら、縁に小刀を喉元に突きつけられていたからである。額からどくどく血を流す縁の、爛々と光る異常な憎しみと殺気の目。 「本気だぞ」 縁はギンっと男を射るように睨んだ。 「こ……こいつ、狂ってる……!!」 縁のあまりの迫力に、男達は冷や汗を流して逃げていった。 「縁っ!」 巴は縁にかけより、懐から出した白い布を縁の額に巻いた。 「何て無茶するの! それに小刀なんて危ないもの持って」 「無事でよかった。姉ちゃん」 縁はにっこり笑い、巴に抱きついた。 「えへへ。姉ちゃんは、いつもいい匂いするね」 縁は、巴の白梅香の香りを胸一杯に吸い込みながら言った。 「縁? 話を聞いているの? 無茶ばかりして……。取り返しのつかないことになったらどうするの」 「だいじょうぶだよ! あっそうだ!」 縁は懐から桃色の野の花を数本取り出し、巴に差し出した。 「本当は、姉ちゃんには白い梅の花が一番似合うんだけどな。でも、まだ冬だから……」 「……ありがとう縁」 巴も、怒るのを観念し、花をそっと受け取った。やはり、可愛い弟が花を摘んできてくれたことがうれしかったのだろう。 縁はにっこり笑ったが、その後少し笑いの中にかげりを見せて言った。 「でも……やっぱり姉ちゃんから離れるんじゃなかった。姉ちゃんは綺麗だから、男に狙われやすいからね」 「だいじょうぶよ縁。こんな町中にいるんですもの。誰かがいつも助けてくれるわ」 縁は、笑って首を振った。 「姉ちゃんは、俺が守るから!」 巴は少し困った顔をしたが、やがて微笑した。そして、縁の頬に両手を当て、布を巻かれた縁の額に自分の額をそっとくっつける。 「怪我が早く治るように……おまじない」 「うん……」 大好きな姉の愛情が体と心に染みこんでいき、縁はそれを静かに受け入れた。こんなときが、縁にとってもっとも心満たされる時だった。 「帰りましょう。もう夕飯の時間だわ」 「うん!」 夕焼けが照らす町並みを、姉弟は並んで歩いた。 その夜、巴、縁姉弟とその父は、お膳を並べて輪を作り、穏やかな夕食の一時を過ごしていた。 「お父さん。俺、今日寺子屋で手習い上手だってほめられたんだ。あと、今日も喧嘩勝ったんだ!」 縁は自慢気に話した。 「ほう、そうかいそうかい。儂とちがって縁は文武ともにすぐれておるのぉ」 父は目を細め、うれしそうに笑った。 「縁、手習いが上手なのはうれしいけれど、喧嘩はよくないわ」 「……だって、強くないと姉ちゃんを守れないもん」 縁は、ふくれっ面をした。そんな縁を、巴は困ったように見つめ、そして微笑する。 「そうそう巴。さっき明良殿が訪ねてきての。お前が留守じゃったから、また後で来ると言っておった」 「明良様が?」 巴は、かすかに頬を赤くした。 「ふうん。明良兄ちゃん、なんの用だろ。また菓子持ってきてくれるかなぁ」 縁は、期待に胸を膨らませた。巴と幼なじみの明良――清里明良は、縁にとっても兄のようなものである。姉と父の次に慕っている人だった。そして――巴にとっては、いや二人の間柄は、幼なじみの関係を越えていたのである。幼い縁はまだ、それを知らない。 「一緒になってほしいんだ……巴」 行灯が照らす薄暗い部屋で二人きり……突然の清里の告白に、巴はただ目をまんまるくした。うれしさでいっぱいなのに、巴は笑うことが出来ない。 清里は、全てを察しているように巴に微笑み、その手にかんざしを渡した。 清里が帰ると、巴は呆然としながら茶の間へ向かった。いまだ清里の言葉に実感がわかないまま、茶の間へ入る。そこには、清里が持参した菓子を楽しそうに食べている父と縁がいた。 「お父さん……。私、明良様に……」 巴の声は、かすかに震える。縁は、不思議そうに姉を見つめる。 「ああ。分かっておるとも。さっき明良殿が訪ねてきたとき、儂によう挨拶しとった」 父は、にっこりうなずいた。 「何……?」 縁は、なんだか落ち着かない様子で父にたずねた。 「縁、よく聞きなさい。巴は、明良殿のところへお嫁に行くのだよ」 縁の手から、菓子がぽろりと落ちた。 「今……何て……」 縁は、不安定に笑って、すがるように巴を見つめる。 「明良様のもとへ……お嫁に行くの……」 巴は、自分に確認するように、ゆっくりと言った。 「……そだ…」 「縁?」 「……嘘だ…」 我に返って心配そうに覗き込んでくる巴に、縁は呆然とつぶやいていた。 「縁……」 「……嘘だぁ!!」 縁は、巴にがばっと抱きついた。大好きな白梅香の香りに、縁は一気に涙があふれる。 「やだよ姉ちゃん……行かないで……」 縁は、姉の胸で泣きじゃくる。 「行かないで……! ねぇ行かないでよ……!!」 縁は巴に必死でしがみついた。そんな縁を見ながら、巴に昔の思い出があふれ出す。 『さあ、これ買ってあげるから、もう泣かないの』 『ねーちゃ、ありがと』 巴がまだ幼い日、まだ小さな小さな縁をおんぶして、小遣いで風車を買ってあげた日。縁は、もみじのような小さな手でそれをつかみ、幸せそうにふーっと吹いた。赤い風車が、くるくるまわった。 『姉ちゃん! 今日の夕飯なあに?』 『あなたの大好きな、里芋のにっころがしよ』 『うわぁ! やったぁ!』 遊び盛りの、やんちゃな縁。まだ寺子屋へ入る前のこと。一日中遊んだ後で、泥だらけで帰ってきた縁。 『姉ちゃん、これあげる!』 あのときも、縁は花を摘んできて、にっこり笑った。 『縁どうしたの? 体中傷だらけじゃない』 『だって……寺子屋のおっきい子が、姉ちゃんの悪口言ったんだもん。笑わないって。だからやっつけてやろうと思って……』 『縁……』 『……でも…負けちゃった……。だけど……今度はぜったい…負けない……。……うっく…ねえちゃ…は、おれ…が……まもるんだ……!!』 そう言って、悔し涙を流した、初めて寺子屋へ入った日の縁。 『俺ね、姉ちゃんのこと大好きだよ。誰よりも』 夕陽の光でいっぱいに満ちた、川べり。寺子屋帰りの縁と買い物帰りの巴が偶然会い、二人並んで家路を歩いていたとき。縁はふいにそう言った。頬を赤く染めながら。 縁にとって、巴は姉であると同時に母でもあった。 その夜縁は、泣き疲れて寝た……ふりをした。 皆が寝静まった真夜中、縁は一人、そっと家を抜け出した。 トントン……トントン……。木戸を叩く小さな音。少しして、家の入り口から出てきたのは、清里だった。 「縁くん……。どうしたのこんな夜中に……」 「明良兄ちゃん……。眠れないんだ……。散歩、付き合ってよ……」 縁は、困ったように笑いながら言った。 「ああ……。いいよ」 清里はにっこり微笑むと、縁と歩調を合わせゆっくり歩き始めた。縁は、狭い路地に入る。清里も後に続く。人気のない真暗な道。闇の空から、ちらちらと雪が舞い降りてきた。 縁は黙って歩き続ける。清里も、縁の背中を見つめ何か考えながら、ついていく。 路地の真ん中で、縁はぴたりと止まり、振り向いた。清里は、少し驚いて足を止める。 「ねぇ……。コレ返すよ」 縁は、懐から何かを包んだ紫の布を取り出し……清里の胸に投げつけた。地面に落ち、ばらけた中身は、先程清里が持ってきた菓子――それは梅の花をかたどった、白い砂糖菓子だった。菓子の真白な花は、土に汚れる。 「こんなもんでさぁ……俺が姉ちゃんを奪われるのを許すと思ってんの?」 縁は、うつむいたまま静かにつぶやいた。肩が、かすかに震えている。ぎり……と唇をかみ、口端から血を流す縁。 「縁……くん……」 縁は、懐から小刀を取り出し鞘を抜いた。その刃を、清里に向ける。刃は雪で冷え、凍っている気さえした。けれど顔を上げ、清里を見つめる縁の瞳は……それ以上に冷たく……。 「例え誰であっても……俺から姉ちゃんを奪う奴は……殺す!!」 その後まもなく、闇の路地に、血が吹いた。 ――後編―― 「な……んで……」 縁は、カランと小刀を落とした。 「なんでよけないんだよぉ!!」 清里は、左腕からドクドク血を流していた。けれどただ立ったまま、悲しげに笑い縁を見つめる。 「いいよ縁くん。それで君の気が済むなら……。君がどんなに巴を慕っているか、誰よりもよく知っているから……」 「明良兄ちゃん……俺は……」 縁は、困惑した表情で刀を拾った。 「殺すって……そう言ったんだよ……」 とまどいながらも、再び縁は刀を清里へ向ける。 「だったら、何故よけなかった、なんて聞いたんだい?」 縁はびくっとする。が……。 「……うるさい。次は本当に殺す……」 低く押し殺した声で返す。清里は、優しく笑った。 「何がおかしーんだ! 俺が子供だからなめてんのかよ!」 「違うよ」 清里は、穏やかに微笑み縁を見つめた。 「君には、出来ない。君は、優しいから。優しい巴の、弟だから」 縁の体に、ドクンと衝撃が走った。そして、しばらく清里を見つめていた。清里も、笑ったまま縁を見ていた。 雪がうっすらと二人の体に積もってきた頃、縁は刀を鞘に収め懐へしまった。そして、辺りにちらばった白い砂糖菓子の一つを、そっと拾った。 「俺ね……姉ちゃんに一番似合う花は白い梅の花だって、昔から知ってるんだ」 縁は小さな手のひらに、梅の花をかたどった菓子をのせる。 「だけどね、いっつも梅の花どころか、白い花も見つからないんだ……。今日もさ、ダメだったんだ……」 白い菓子にも、雪が降り積もっていく。 「けど……これなら、いいね。ちゃんと、白い梅の花だもん。ちょっと土で汚れちゃったけど、ほらこうやって……」 縁は、花の菓子にふぅと息を吹きかけた。笑いながら……けれど涙を流しながら……。 「明良兄ちゃんなら……こうやってきれいにするよね……。それでさ……、この雪みたいに、優しく包み込んでさ……」 縁は、白くきれいになった花の菓子を、清里に差し出した。 「俺も知ってるよ。誰よりも……。明良兄ちゃんは優しいって……。だからさ……」 縁は、一生懸命笑いながら、けれど涙を止めどなく流しながら続ける。 「この花、姉ちゃんに渡してあげてよ……」 縁は、寒さのせいか震える体で、清里に菓子を渡したが……清里は受け取らずに、縁の手に自分の手を沿え、縁に菓子を握らせるようにそっと包んでやった。 「縁くんが、渡せばいい。汚れた花に息を吹きかけて、雪化粧して、きれいにしたのは君だよ。巴に、あげたかったんだろう。白い梅の花」 縁はとうとう、笑いを保つことが出来ず、声を上げてしゃくりあげはじめた。清里はそんな縁を抱きしめようとしたが……その時やってきた誰かに気付き、お辞儀をして去っていった。 「縁……」 聞き慣れた大好きな声に振り向くと、縁の後ろに立っていたのは巴だった。 「姉ちゃん……」 巴は静かに縁に近づくと、肩にかけていた紫の布を縁にかけてやった。 「姉ちゃん……これ……」 縁は、巴に白い梅の花の菓子を差し出した。巴は、不思議そうに受け取る。 「姉ちゃん、大好きだろ。白い梅の花……。明良兄ちゃんのおかげで……初めてあげられるよ……」 「縁……ありがとう。とっても嬉しいわ」 巴が微笑すると、縁はたまらず姉にうわぁっと抱きついて、激しく泣いた。 「縁、よく聞いて」 巴は、泣きじゃくる縁に静かに語りかけた。縁は、巴の胸に顔をうずめたまま。 「お嫁に行っても、あなたは私の弟よ」 縁は顔を上げた。涙をあとから流しながら。 「大事な大事な、弟よ」 そうして、巴は縁の頬をそっと両手で包み、縁のひたいに自分のひたいを当てた。縁はしばらく泣いていたが、やがてそっと巴にたずねた。 「姉ちゃんは、お嫁に行ったら、幸せになれる?」 巴は少し黙っていたが、やがて微笑してうなずいた。縁は、それからしばらく黙ったままだったが、やがて言った。 「姉ちゃんが幸せになれるなら、俺、さみしいの我慢できるよ」 「縁……」 「明良兄ちゃんと、幸せになってね」 縁は、真っ赤な目でにっこり笑って見せた。巴は、そんな縁がいじらしくてたまらず、思い切り抱きしめた。 その後、清里は巴を幸せにするため、京都見廻組への参加を自ら決めた。結局、祝言は延期となったのである。 清里が京都へ去ったその日、巴はいつものように表情を表に出さなかったが、縁には巴の気持ちがよく分かった。 「姉ちゃん」 「なあに縁?」 「俺が姉ちゃんを守るから。明良兄ちゃんがいない間も、帰ってきてからも! だって、俺は姉ちゃんのたった一人の弟だもん。ずっとずっと姉ちゃんを守り続けるよ」 真剣に言う縁に、巴はにっこり笑った。縁は、こんな風に笑う姉を初めて見た。その笑顔を、縁は宝物のように大切に心にしまった。 あれから十数年。俺は心に姉さんの笑顔をしまったはずなのに、姉さんは笑顔を見せてはくれない。 姉さんを守りたかった。けれど、それは叶わなかった。だが……。 俺は、群から闇空を見上げた。 いつか再び、姉さんが笑ってくれるその日まで……。 ☆あとがき☆ リクエスト小説「雪代姉弟のもっとも幸せだった頃から巴が清里と婚約するまでの時代」の物語です。作中の登場人物はすべて初書き、また幕末時代も初めてでした。そのため、るろ剣コミックは作品を楽しむためでなく資料本として大変活躍しました・笑 更に江戸時代の生活慣習など難しく、今回は調べ事が多く時間もかかり大変でしたが、よい勉強になりました(その割に作中にはほとんど書かれてませんけれど^^;) 管理人の中では、縁は姉に対する異常な愛情を持っていると解釈しています。もちろんそれは姉の死と、気性が激しい性格ということがほぼすべての原因だと思っています。縁にとって巴は姉であると同時に母でもあるという設定から、姉への愛情は普通の姉弟とはまた違ったものがあるとも思います。けれどそれだけではなく、原作縁の子供時代からも縁と巴の関係にとても深いものを感じまして、こんな縁になりました。姉を強く愛しすぎる縁です。巴は、物静かな性格なのに縁を叱るシーンが多くて、コントロールが難しかったです。父(後のオイボレ)の子供達への接し方は更によく分からず、想像で書きました。リクエスト者様の期待通りのストーリーになっている自信はありませんが、少しでも気に入って頂ければ幸いです。 この物語を、porte1様へ捧げます。 -------------------------------------------------------------------- 剣心と薫の恋物語。縁との一件後、薫の想いは募る一方で……。剣×薫(ケンカオ) 剣心と雪代縁との戦いも終わり、神谷道場にいつもの日々が戻った。平穏な毎日。その中にいつも剣心はいるのに……不安でたまらないのは何故だろう。 『想いあふれて』(るろうに剣心 4) 朝起きると、まず剣心を探す。台所で、背中を見つけて安心する。振り向いた剣心がおはようと笑うと、それだけで胸がきゅんとする。締め付けられて、泣きそうなくらいに。 このごろ私はおかしい。巴さんのお墓参りもすませて、剣心とお互いの気持ちを確認しあったはずなのに。もう、安心していいはずなのに。 なんの理由もないのに、ふいに剣心がどこかへ行ってしまうのではないかと、そう思うときがある。夏の日が遠のいて、空が高くなったせいかもしれない。 剣心と二人きりで、河原を歩く。いつだってこんな機会はあるけれど、一秒一秒が大事でたまらない。 「ねぇ剣心」 「どうしたでござるか? 薫殿」 不思議そうな剣心の手を、そっと握る。あたたかくて、心地いい。 「もう、どこにもいかないでね……」 「ああ。拙者はずっと、薫殿のそばにいるでござるよ」 そうして笑う剣心の笑顔は、魔法みたいに私の心をゆるめてくれる。 私は、剣心の肩にそっと寄りかかった。 お料理だって、最近は頑張ってる。剣心に、おいしい料理を食べさせてあげたい。剣心に、少しでも喜んでもらいたい。そうして、そんな剣心のそばに、少しでも多くいたい。 剣心が、好きで好きでたまらない。 幼い頃から剣術一筋で生きてきた私。道場生の男の子に囲まれて育った私は、昔は自分が女の子なんだってことを忘れてたくらいだった。やがて年頃になりおしゃれを覚え、髪にりぼんをつけるようになり……。それでも恋などしたことはなかった。だから、私の初恋は剣心。だけど今ではもう、初恋と言うにはあまりに違いすぎるくらいで。恋とか、愛とか、簡単にそんな言葉で片づけられないくらい。私の世界は剣心のことでいっぱいで。もう抱えきれなくて苦しく痛いくらいの気持ちを、どうしようもなく胸に詰まらせて――狂おしいほど愛しくて……。 そんなある日の夕方、剣心の姿が見あたらなかった。 「ねぇ弥彦、剣心知らない?」 庭で素振りをしている弥彦にたずねる。 「さぁ。散歩にでも行ったんじゃねぇか?」 「でも、いつもならこの時間には家にいるじゃない!」 素振りを続ける弥彦に、私は思わず怒鳴った。 「何かあったのかもしれない! 探しに行くわよ弥彦!」 「はぁ? 子供じゃあるまいし。そのうち帰ってくんだろ?」 「いいから行くの!」 私は弥彦の腕を無理矢理ひっぱり、剣心を探しに出かけた。 弥彦と分かれ、私は町を駆ける。赤べこ、前川道場、左之助の家……。思い当たるところはすべて探し、けれど見つからない。 どうしよう……。剣心が見つからなかったらどうしよう……! 河原へ来たとき、弥彦と落ち合った。 「剣心いた!?」 「いや」 弥彦は、何でもない顔で答える。 「なん……で……」 私ははぁはぁと息をしながら、どうしようもない不安に襲われる。 「なぁ帰ろうぜ。もう俺腹へっちまったし」 その言葉にかっとなって。私は、怒りにまかせて思い切り弥彦の頬を打った。 「どうしてあなたはそんなに平気でいられるのっ!? 剣心が心配じゃないの?」 勢いで、涙が出そうになる。弥彦は、少し驚いた顔で私を見つめてる。 「薫……。剣心は、大人なんだぜ……」 あの弥彦が、少しだけ遠慮がちに言っていたのは分かった。だけど私は、自分を止められない。 「大人とかそんなこと関係ないでしょっ!」 どうしよう。止まらない。おかしいのは私のほうだ。このまま私もう―― 「薫殿?」 今、私を呼んだのは、確かに剣心の声―― 振り向くと、夕日に染まった剣心が、不思議そうに私を見ていた。 「剣心……!」 私はもうどうしようもなくなって、涙がぼろぼろあふれた。 「薫……殿……?」 「どこ行ってたの!?」 「いや、ただ散歩に……」 私は、座り込んでしまった。 「薫ど――」 「一言くらい……行き先を言ってってくれたって……いいじゃない……」 剣心を責めたくないのに。洪水みたいに私の心はあふれてしまう。 「心配……するじゃない……」 涙が止まらない。剣心に無茶苦茶なこと言ってる。だけど止まらない。 「また……いなくなっちゃったかと……思ったじゃない……」 「薫殿……」 「ずっとそばにいてほしいって……言ったのに……」 弥彦が、なんとなく気恥ずかしい顔をして、河原の土手を下りていくのが、涙でかすんで見えた。 「どこにも行かないって……言ったのに……」 「薫殿……」 「剣心が好き……」 私は剣心に抱き付いた。剣心が、私の背中に手をまわしてくれる。それだけで、私の心は嘘のように落ち着いた。 「ごめんなさい……。私、おかしいの……。気が付くと、剣心のことばかり考えてるの……。どうしよう剣心……。私もう……壊れちゃうよ……」 めまいがする。目の前が真っ暗になって、もうすべてが終わってしまうような錯覚を覚える。 「だいじょうぶでござるよ。薫殿」 「剣心……?」 「拙者が、薫殿の気持ちを、全部受けとめるでござるから」 剣心が私を、深く包み込んでくれる。 「薫殿を……その……」 顔を上げると、剣心は頬を赤く染め、私を見つめた。 「薫殿を、愛しているでござるから」 剣心がそっと私の頬を両手で包み―― 剣心と私は、接吻をした。 剣心と弥彦と私は、並んで道場へ帰る。 「これからは行き先をちゃんと言っていくでござるよ。済まなかったでござるな薫殿。それに弥彦も」 「ごめんなさい弥彦。ぶったりして」 「いーって別に」 弥彦はなんだかうれしそうに笑うと、一人先に駆けていった。 私と剣心は、手をつなぎ、ゆっくりと河原の土手を歩く。 ずっとつながっていたい。はなれたくない。 剣心が、好きで好きで。たまらない。 想いあふれて苦しかった私の胸は。さっきより、もっと想いが強くなったはずなのに。 不思議と、幸せな気持ちでいっぱいだった。 ☆あとがき☆ 恋愛ものは難しいです^^; あまり書いたことないですし;; でも、薫ちゃんの気持ちを考えながら書きました。人一倍寂しがり屋の薫は、いつも戦いに身を置く剣心を好きな薫は、常に心の奥底に不安を抱えているのだと思います。今回は、縁の一件後ということで、その不安が強く出てしまったときの薫ちゃんを書いてみました。ちょっぴりわがままな薫ちゃん。けれど、剣心への一途な想いは素敵だなぁと思います。 ご感想、日記のコメント欄か掲示板に書き込みしていただきますと、とても励みになります。 るろうに剣心小説(短編)目次 ジャンル別一覧
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